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概要
17世紀~18世紀
17~18世紀とは、「絶対王政」という言葉を連想させるアンシャン・レジーム(旧体制)のもとで、フランスの威光と世界中の宮廷に対するその影響力を物語る時代です。
ヴォルテールは17世紀を、「文明が発展した最も偉大な4つの世紀の一つ」とみなしました。「偉大な世紀」とは、正義王ルイ13世(1601~1643年)と、特に太陽王ルイ14世(1638~1715年)が統治した17世紀を意味します。ルイ13世は宰相リシュリューとともに宗教戦争を続行し、スペインを相手にした三十年戦争で被った損害にもかかわらず、王国の秩序の回復に成功しました。ルイ14世は宰相マザランや顧問官たちとともに、オランダおよびスペインとの戦争を行いながら、王国の防衛力も強化しました。ヴェルサイユ宮殿chateau de Versaillesの建設とそれに伴って生じた芸術の振興は、造園家ル・ノートルA.Le Notreや建築家マンサールF.Mansart、画家のプッサンN. PoussinやシャンパーニュPh. de Champaigneやル・ブランCh. Le Brun、作家のモリエールMoliere、ラ・フォンテーヌJ. de La Fontaine、ラシーヌJ.Racine、コルネイユP.Corneilleといった人々を有名にしました。
フランスの18世紀は、その新しい哲学によってヨーロッパの知識界が明るい光で照らされた時代であり、「啓蒙の世紀」と呼ばれています。啓蒙思想の潮流は、最愛王ルイ15世(1715~1774年)とルイ16世(1754~1793年)の治世下に、偉大な思想家たちによって生まれました(モンテスキューMontesquieu、ヴォルテールVoltaire、ディドロDiderotと百科全書派、ルソーJ.J. Rousseau、ビュフォンBuffon)。その間、国王ルイ15世はポーランド継承戦争に乗り出し、ルイ16世は断頭台の露と消えましたが、その彼はある意味において、革命前夜の社会・宗教的ヒエラルキーを批判した「啓蒙の世紀」が生み出した合理的思想の犠牲者とも言えるでしょう。
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