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1914~1918年
バルカン戦争の終結からまだ日の浅い1914年から1918年にかけて、世界を二分する大戦が行われました。その発端となったのが1914年にサラエボで起きたオーストリア皇太子の暗殺事件です。いったん回りだした戦争の歯車は、容赦なく周辺の国々を巻き込んでゆきました。第一次世界大戦では、ドイツ、オーストリア・ハンガリー帝国、ついで参戦したトルコ、ブルガリア、セルビアの陣営と、フランス、ロシア、ベルギー、イギリスおよび他の連合国(日本、イタリア、ルーマニア、ポルトガル、アメリカ、ギリシア、中国、南米のいくつかの国々)とが対立します。
フランスにとっては、フランダース地方での戦闘によって1914年は血塗られた年となり、1915年にはシャンパーニュ地方とアルトワ地方での戦闘でフランス軍の歩兵隊に大きな犠牲が出ました。「ヴェルダン」の戦いがあった1916年は「塹壕戦」の年で、ムーズ県のドゥオーモンDouaumontにある納骨堂がそのすさまじさを今に伝えています。そして混乱の1917年を経て、フランス軍はマルヌ県のシュマン・デ・ダムChemin des Damesやシャンパーニュ地方、フランダース地方、ギリシアで勝利を収めます。1918年11月11日の休戦協定で、18~27歳のフランス人の27%以上が死んだこの恐ろしい戦争に終止符が打たれました。カンCaenやペロンヌPeronneにある記念碑がその記憶を想起させます。
第一次世界大戦ではクレマンソーClemencea、フォッシュFoch、ペタンPetainといった人々が活躍しました。重砲、毒ガス、戦車、戦闘機、機関銃、潜水艦、車両の使用は産業技術の進化を表しています。文化や社会をも変えることを通じ、この戦争は、マルヌの戦いや兵士の墓やペロンヌにあるような記念碑に象徴される、文明史の一大転換点となるのです。
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